:迷子になった4歳の女の子を無事に保護したとして、鹿島署は21日、鹿島市立能古見小5年生の熊本真子さん(11)に感謝状を贈った。熊本さんは女の子をおぶって駐在所まで約1キロを歩いたといい、「手や腰が痛かったけど、自分が何とかしなければと思い頑張った」と振り返った。 熊本さんは10日午後3時10分ごろ、自宅近くで今にも泣き出しそうな女の子がいるのに気付き、声をかけた。兄といとこの3人で親戚の家に行った帰りに迷子になったと分かり、熊本さんは「泣いたらいかん。お姉ちゃんがそばにいるからね」などと励ましながら、約1キロ離れた辻駐在所まで背負って連れて行き、迷子の届けを出した。深海浩介署長から感謝状を受け取った熊本さんは「駐在所に行けばどうにかなるだろうと思った」と話した。将来は「古里の能古見小学校の先生になりたい」という===。毎日新聞NewsMailで最初の「6歳女児」の記事を見て嬉しくなり、関連記事を次々開いて見た。嬉しいね、こういう少年少女がいる事が・・・。ただ、残念なことには近年こうした「地域での見守り」が希薄になっている事だ。半世紀前の地域社会では日常生活の中で自然体であったこうした行為が、希薄と言うよりは消滅してしまった感がある。その反面、闇の部分が浮き出てきてしまったようだ。「性説」(人の本性や物の本質)については、紀元前の中国におけるの儒教の中心概念である「性善説」(これと対照的な主張の「性悪説」)、ヨーロッパに於いては紀元前の哲学者アリストテレスの「経験主義」に対する1600年代の哲学者デカルトによる「生得主義」が代表的論議である。後者は20世紀以降「氏か育ちか」━【氏育論議:概念造語略語】(z394
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